2023/08/24 18:16
現代社会では、高級ファッションアイテムほど高価ではなく、ちょっとした事で特別感を得られる感覚もあるためスペシャルティコーヒーが人気を博しています。
当店のように個人で経営しているコーヒー豆焙煎店でも『スペシャルティコーヒー専門店』と銘打っておられるお店が多く見られます。
スペシャルティコーヒーの『スペシャルティ』という言葉には、ご存じの通り『特別な』『ブランド化された』といった意味があります。
同じ生産国でも農園や組合ごとに高品質な物で他との差別化を図ろうというものです。
日本で言う『生産者の見える野菜』ですね。
しかし、日本で売られているのが『生産者の見える野菜』ばかりではないように、コーヒーでも『生産者の見えるものではない』コーヒーが存在しています。
コーヒー業界で言われているところの『コモディティコーヒー』もしくは『コマーシャルコーヒー』です。
『コモディティ』という言葉には『普通の』『広く知られている』という意味があります。
スーパーで売られているコーヒーに『原産国〇〇』と国名だけ書かれているものですね。
さて、本日取り上げたい点は
「スペシャルティコーヒーが特別視され過ぎてコモディティコーヒーの価値が無意識に下げられているのではないか」
というものです。
最初の方でも述べましたが『スペシャルティコーヒー専門店』と銘打っておられるお店は多いです。
当店の前身となる店もそういうコンセプトで営業しておりました。
最初に断っておきますが、悪い事ではありません。
良い品質のコーヒーを広めたいという思いが伝わるという点で良い事だと思います。
ただ、忘れてほしくない事があります。
それは、物事にはメリットとデメリットが必ず存在しているという事です。
『スペシャルティコーヒーが良いもの』という認識が広まった一方で、昔からの一般的に普及しているコーヒー(コモディティ)について『価値が低い』『その程度の物』というネガティブな印象を持ってしまった方が少なからずいらっしゃるのではないでしょうか?
「スペシャルティと比べれば」相対的な意味でそうなのは否定できません。
ですが、あくまでも『普通の』品質であって、決して『粗悪品』というわけではないのです。
最初に断っていましたがもう一度言わせていただきます。
スペシャルティコーヒーが増えること、コーヒーの品質が全体的に底上げされるのは良い事だと思っております。
ただ、良い物の価値を上げすぎてそれ以外を見下げてしまう、そうした価値観を抱いてしまうのはいかがなものだろうかと憂慮しているのであります。
特別な時に飲むコーヒーもあれば、日常に溶け込んでいるコーヒーもあります。
さらには、特別な時間を楽しむためのコーヒーに『特別』か『普通』かはそこまで重要なものではないと思います。
自分が美味しいと思えるコーヒーであれば、それで十分なのではないでしょうか?
コーヒーが何のために私達の生活の中にあるのか、一度振り返って考えてみるのはいかがでしょうか。
店主
